ストーリー  

株式会社百森
中井・田畑 計画・管理

株式会社百森について教えてください。

田畑:百年の森林事業を回すために、所有者さんと話をしたり、預かった山の手入れの計画を立てたり、木を切る人に正しく安全にやられているのかを確認するために現地確認をする等の業務をしています。

もともと西粟倉村役場がやっていたのですか?

田畑:そうですね、百年の森林構想を受けて西粟倉村役場がやっていた仕事と森林組合がやっていた仕事の、それぞれいくらかを受け継いでやっています。間伐とかを施業会社に発注、また管理といったことは百森がやっています。

百森と協同組合の設立経緯を教えてください。
二人は移住者なんですか?

中井:そうですね、東京から移住してきました。僕たちは2016年にローカルベンチャースクールにもともと応募したのがきっかけでした。僕らのように、ほかの業界から入ってみると林業と製材業ってあんまり仲良くないんだなというのに驚いて。小さい村の中にみんないるのにお互いの情報共有もあまりないみたいで。

田畑:僕とかIT業界から来たものからすれば、ビジネスパートナーを知らないというのが衝撃で。人口1400人なのにって、単純な感覚としてはありましたね。そんな中、青木昭浩さん(理事長)や國里哲也さん(専務)とかが、西粟倉全体で一丸となって色々盛り上げていかないとこんな小さな村踏みつぶされちゃうぞという危機感をもって、やっていきましょうとお声がけ頂いた。百森は百年の森林事業の取りまとめ役だったので、協同組合の取りまとめをやるのがいいんじゃない?ということで。

協同組合ができてから、どんな変化がありましたか?

田畑:全体として情報の流れが良くなったと思います。今までお互い無知だったのがお互い気持ちに余裕を持てるようになってきて、「山だから大変だよね」「製材も大変だよね」みたいなことは出てきましたね。あとはみんなで東京に出張へ行って木の使われ方を視察したり、そういうことができ始めたのは今までだったら考えられなかったこと。今まで同じテーブルにすらつかなかった人が同じ目的で出張に行くというのは、大きな違いなのかなと。

中井:とにかく今は目の前になんとかしないといけない課題が多くて、中長期のことまでは考えられていないですが、メンバーの熱量はかなり高いですし、世の中的にこの川上~川下まで全部そろっている協同組合って全国ここだけなんですよね。お互いの利害関係とか調整するのすごく大変で、それを超えるには時間がかかりますし、計画作ってそれ通りやるというのはなかなか難しいです。今は協同組合をベースとした考え方、これで1チームなんだというみんなの意識を作っていくのはまだ途上です。

一つのチームにはどうやったらなれそうですか?

中井:同じ目標をもつことが大切だとおもいます。現状では、西粟倉村の丸太の多くが名もなき木材として大規模合板工場に行ってしまう。もちろんそれが悪いことではないですが、丁寧に顔がみえる関係で事業をつくっているので、できれば自分たちで直接お客さんを見つけて届けたい。思いをちゃんと伝えて、良いと思ってもらえる人に買ってもらって、必要なものをちゃんと届けるという目標なら、皆共有できる。細かいニーズに応えられる体制と、それに応えられるのが西粟倉の強みだと考えているので、これから積み上げていきたいですね。

地元でずっとやった事業者さんと、
いわゆるIターンの人の間で気持ちの差とかはありますか?

田畑:もちろんないわけじゃないですが、西粟倉でIターンそれ以外とか言っていたら何もできなくなる。林業事業体の中でもIターンの人いますし、百森も僕ら代表は東京から来ました。でもみんな西粟倉をよくしたいというところでは合致していて、色んな立場があるけど、そういうのは一回抜きにして西粟倉の事考えていこうよっていうのが協同組合の一番ポイントなのかなと。

上下関係や忖度とかなしに、フラットに議論できていますか?

中井:そうですね、割と珍しいと思いますけど、製材所さんにもうちょっと高く買えないの、みたいな話を直接的に「今これどうなの実際」と話を出来るのは結構面白い組織なのかなと感じています。

西粟倉は立地的に決していい場所ではなく、消費地から距離があるし運搬コストもかかります。それでも自分たちは売っていく、というのはどんな信念があるんでしょうか?

田畑:単純に製品作ろう、となったら中国山地全部買い集めて大量生産する方が絶対効率的です。それでも西粟倉でやろうとなっているのは、みんな百年の森林事業の旗のもと、同じ場所に集まったのが大きいのかなと思います。昔からいる人はその下地を作ってきて、新しく来た人はしっかり守りたてていこうという気持ちで。

中井:今ってただモノを消費する時代から、意味がほしいという感覚を持つ人が増えていると思っています。僕たちが物質的なものだけで勝負したらほかの地域に勝ち目はないんですけど、込めている気持ちならどこにも負けない。気持ちを込めて伐ったものを出来るだけ手に取りやすい価格感で提示するところまで、一本の線でつながっている世界がここにはあります。そこに価値を感じてくれる人たちに対して届けたい。自分たちが発信をしっかりして、一本の線を伝えたいですね。

具体的に顔が見えるっていうのが今回の組合の圧倒的な強みだと思うのですが、例えば建築家さんなら、山に行ってこの木を使いたいということから始まるのでしょうか?

田畑:具体的なところでいうと、製材所や設計士さんから「こういう木を何本くらい揃えられないか」という話があったときに、その木は誰の山のもので誰が切ったかまで分かります。それだけじゃなく、誰が運んで、分けて、さらに製材も村内なので、誰が挽いたかまで分かる。

これから先の西粟倉について、どんな未来を描いていますか?

田畑:山の活用を考えると、山と人間の距離っていうのが非常に遠いという大きな課題があって、人間がもうちょっと山で遊べるようになったら面白いだろうなっていうのを考えています。協同組合でも村の子供がもっと遊べるようにということで去年は「はたらく車展」といって村に林業機械を持ってきたんですけど、今度は村の子供を山に連れていって、山の中で遊び場を作るワークショップをみんなでやろうという話もあるので、色んな山との関わり方の提示もしていけるといいなと思ってます。あらゆる角度で木と山を活用しつくす村というのを協同組合と百森で作っていきたいですね。

中井:今は丸太のまま運ばれてきて名もなき板になっていくので、それはもったいないと感じています。村内でちゃんと製材してくれる人に渡して、それを買ってくれる人に届ける。それは今全体の2~3割しかないけど、それをどんどん増やしていくことが目標ですね。今の林業業界って、どうしても大量生産大量消費、林野庁も国産材の自給率をもっと上げようとなっている。マクロな動きはそうでもいいかもしれないけど、西粟倉はそうじゃない。材一本を大切に切って、大切に使ってくれる人に届けていくというのを確立させたい。チーム西粟倉全員が同じ目線に立って、同じ目標に向かっていきたいですね。