ストーリー

金田木材店
金田豊治 製材

西粟倉の林業や木材の歴史を教えてください。

40年間ほどこの業界でやらせてもらっとんやけど、私らの年代とちょっと上の年代ですかね、自分らが植えて育った木がそこそこの年代になればいい値段で売れました。それから価格が下がってあんまりにも木の単価が安いもんですから、業者も木を扱わん、林家も木に興味がない。森林組合は村有林の手入れはちゃんとしていましたが、民有林はしていなかった。だから木が安くなって、それでだんだん興味がなくなった。だから今の流れは、再び山に興味が戻ってきた。百年の森林事業は山に値打ちがつくので、どんどんやってくれいう感じですよね。

国産材の良さとはなんでしょうか?

僕も10年ほどベイマツという外材を扱っていました。でもベイマツには、ヤニや縮みしろがすごい。日本は湿気も多いでしょう、国内で育つ木のほうが風土に合うのではないかと思う。ベイマツを扱ったから余計に、そこで生まれ育ったものを建築用材として使うのが合うと思う。

今、金田さんはおひとりで事業をされていますが跡取りはいらっしゃるのですか?

うちは娘ばっかりだし次の段階は見えない。事業しようと思ったら金がなければ成り立たない。安定して利益が上がるような形で製材をしないと、後継ぎが出来なくてなかなか難しいと思う。
今村内に分散している小規模な製材部門も効率化していく必要が出てくるかもしれない。バラバラでやるよりも、今8割がた合板に流している木の半分でも村内で製材できればいいかなと思う。製材機は大型工場のものに比べて融通を利かせたり、マルチに取扱いができる。ただ機械も古いので、森の学校みたいに自動でできるような形を持ったほうが、長続きするのではないかなと思っている。
西粟倉の強みは、山の仕事、原木を倒して、出して、製材して乾燥して大工さんに出して、そういうのを全部見えること。そういう点をもっと強化していくべきかもしれない。

協同組合ができて何か変化はありましたか?

村で木を、お金を回そう、という初めの思いが少しずつ固まりつつあるんじゃないかなと。今80%の木材が合板材に流れているけど、その半分でもいい3分の1でもいい、6次産業化すごいのができたらいいのかなあというのがありますね。村でお金を回す、木を回すいうのを少しずつ広めていけたらいいんじゃないかなと。変わったのはやっぱり意識は変わってますよね。今までは市場に丸投げみたいな、右から左に流していたのがね、みんな機械をそろえたりして、やるということになればみんな本気ですよ、目の色変えてますよ。僕もちょっと前までは、どちらかというと自分ももう歳だしええかなという感じはあったんですけど、こういう協同組合が出来てからちょっとまた元気になりましたね。、一人でこちょこちょできる範囲をね、やれることを一生懸命にやろうかなと今のところ思っとります。

協同組合のメンバーも熱い思いを持っていらっしゃいます。

はじめは僕も大丈夫かなあ、半信半疑だったけど、みんな相談受けたときに熱い気持ちだなあと思って、これ長続きしたらいいけどなあと思った。協同組合立ち上げてから大丈夫かなと思いながらもここまで来て。今現状は、すごい良いことを思いついたなと思っています。
私もできる限り頑張って、仲介役できる立場でもあるし、組合に対してもアドバイスできることはしたいし、頼まれたらできるようにしたいですね。